COMITIA153 ごあいさつ

創作をつなぐ営み

創作とは、「今、自分はここにいる」という痕跡を静かに刻む行為だと思います。
誰にも言えなかった想い、不意に浮かんだ記憶、自分でも整理のつかない感情…。そうしたものを言葉や絵に託して形にすることで、自分の「生の痕跡」を誰かに手渡すことができます。
コミティアはマンガ、小説、エッセイ、評論…さまざまな表現を通じて「生の痕跡」が交わされる場です。技巧や完成度を問わず、すべてが尊い創作の結晶であり、表現者の生きた証と言えるでしょう。
むしろ未整理で未完のまま描かれた作品に、強く心を揺さぶられることも少なくありません。なぜなら、剥き出しの素朴で純粋な表現にこそ、「生」の手触りをより強く感じることができるからです。そして、そうした表現との出会いこそが、コミティア、そして同人誌即売会の魅力にほかなりません。
コミティアは昨年40周年。そして、同人誌即売会の原点であるコミックマーケットは今年50周年を迎えています。同人誌即売会の文化がこの半世紀の間にこれほどまで大きく、多様に成長したのは「生の痕跡」を誰かに渡すという営みが、人にとって本質的に大切なことだからなのではないでしょうか。
今回のティアズマガジン連載「創作の中のコミティア」で紹介している、むんこさんの『夫の遺言が「同人誌描け」だったもので』(星海社)は、そんな推論を確信に変えてくれるような、創作の素晴らしさや楽しさを描いた名作です。
あらすじを簡単に説明すると、54歳の主婦・弥子さんは、長らくの介護の末に先立った夫の遺言「同人誌…描け…」という言葉に導かれ、かつて夫との縁を繋いでくれた同人活動を35年ぶりに再開。今度は子どもや友人たちとの新たな繋がりを生み出しながら、子育てや介護で止まっていた弥子の時間がゆっくりと動き出していく──そんな優しさにあふれる物語となっています。
たとえ数人にしか読まれない同人誌であっても、自分や誰かの人生を変える力を持つことがある。この作品は、そんな大切なことを教えてくれます。
同人誌即売会は、弥子さんのように一度去った人がいつか再びペンを取る日を静かに待ち続けています。去る者追わず、来るもの拒まず。年齢や経験、分け隔てなく表現したい人を迎え入れる器として。
いまや親子二世代、あるいは三世代で同人活動に親しむ方も少なくありません。その背景には同人活動に関わる人々の営みがあります。これが半世紀にわたり積み重ねられてきた文化の重みでしょう。もはや同人誌即売会は、日本のマンガやアニメ文化を影から支えるインフラとして機能しています。そのことはコミティア実行委員会が昨年、手塚治虫文化賞を受賞した例からも明白でしょう。

さて、今回のコミティア153では、夏開催として過去最多のサークル申込数を記録しました。これで秋(150)、冬(151)、春(152)に続き、四季すべての回で最多記録を連続更新したことになります。コミティアが誕生してから41年目、コロナ禍を乗り越えて「今なお最盛期」と言える状況は誇らしいです。なお、前回は多くの落選が出てしまいましたが、今回は申込不備を除き、すべての申込を受け入れることができました。
前回に続いて東8ホールには出張マンガ編集部を配置しています。ただし東4・5・6ホールと繋がっていない離れた場所にあるのでご注意ください。そのため、東8ホールは終日、入退場フリーとしました。どうぞ気軽に足を運んでいただければ幸いです。
東8ホールには、今号のティアズマガジンでも取材を行っている「MANGA APARTMENT VUY」の出展もあります。こちらは『少年ジャンプ+』で活躍する編集者・林士平さんが仕掛ける、漫画家志望者の生活と創作の両立を支援する新たな取り組み。方法は違えど「未来の可能性に投資する」という思想は、同人誌即売会の在り方と深く通じ合うものであると感じています。
さらに闘病中のコミティア会長・中村公彦は「コミティア会場で、出来るだけ多くの参加者と話したい」との強い想いから、今回は「交流スペース」で参加します。少しでも多くの人に「言葉」を通じて想いを伝え合うこと、これもコミティアの重要な在り方の一つです。

最後になりましたが、本日は4509サークルが参加しています。
創作とは、他者からの評価だけを求めてなされるものではありません。表現をすること自体に大きな意味があります。しかし、それが誰かに手渡されたとき、創作の灯をともすような連鎖が始まるのです。
そのつながりをできるだけ多く生み出し、途切れさせないこと。それこそが「創作だけ」を受け止めるという方針を貫いてきたコミティアの本質的な役割であり、参加するすべての人と共に担う営みなのだと思います。

2025年9月7日
コミティア実行委員会代表 吉田雄平