インタビューシリーズ Neo Comic Scene 第4回

もし、あなたが漫画家志望者だったとして、生活費などを気にせずに漫画を描くことだけに全力を注げる場所があるとしたら――。「MANGA APARTMENT VUY」は、そんな理想を現実にしてくれる夢のような施設だ。その仕掛け人は『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』を始め数々のメガヒット作を世に送り出している漫画編集者・林士平氏。なぜ今この挑戦に情熱を注ぐのか。林氏がVUYで描く、漫画業界の新たな未来を探る。

(取材・文:吉田雄平)

「描きたい」を叶える夢のアパート

▲入居作家の皆さんの憩いの場となっているリビング。食事をしたり好きな作品について語り合ったり、突発的に映画の上映会・勉強会を行うことも。プロとして活躍中の作家さんを招いての講義や座談会も実施されています。

——まずVUYについて簡単にご説明をお願いできますか。

原稿執筆に集中できる環境を整えた、漫画家志望者のためのアパートメントです。ここに住んでいる間の生活費は全て提供され、仕事をする必要がなく、ご自身の作品に向き合うことができます。

——漫画家志望者が描けなくなりやすい障壁として「金銭面」「孤独」「育成環境の無さ」を挙げています。

僕は19年くらい漫画編集をやっていますが、その中で才能があるのに辞めてしまったり、描けなくなってしまう方もたくさん見てきました。そうした方々が描き続ける環境を用意することはできなかったのか、ずっと考えていました。そこから思いついたのがこのVUYなんです。

——24年の第1期の募集には数百人規模の応募があったそうですね。

作品を読んで、話をお聞きしたぐらいしかやっていませんが、その中でご自身で生活をキープするのが大変な状況で、かつ今そこに時間を割かずに執筆に集中して欲しいなと強く感じた方々を選ばせていただきました。結果として19人の方が25年3月から生活されています。年齢は20代から30代。男女比はだいたい半々くらいです。

——入居を開始して早々に読み切り掲載が決まったり、結果が出ている方もいらっしゃるとか。VUYでの成果と考えていいでしょうか?

はい。フルタイムで働きながら漫画を描くとなると、1日に創作に割ける時間って数時間しかないんです。その働いている8時間、9時間を原稿に使えるわけですからね。さらにここから何本も読み切りが載ることで、VUYのゴールである連載デビューに繋がっていきます。

充実した設備と作家育成へのこだわり

▲館内のあちこちにある本棚の総蔵書数はおよそ1万冊。あらゆるジャンルの漫画はもちろん、創作指南書や脚本術、作画資料集など幅広いカテゴリーの本が用意されています。単行本1巻だけが集められていたり、短編集ばかりといったユニークな本棚も。

——林さんはVUYの寮長として、どんなお仕事をされているんでしょうか。

週に何回か来て、住んでいる方たちとひたすら打ち合わせをしてます。作品についてはもちろんですけど、実験的な施設でもあるので生活に不安や不満がないかも聞いてます。

——VUYには創作に集中するための設備が整えられているそうですね。例えば至るところにある本棚には名作漫画、漫画や創作に関する資料や技法書などが揃っているとか。

1万冊以上は入る本棚があって、そこにどの本を入れるか?というところから関わりました。ヒット作の1巻だけの棚や、読み切りや短編集を揃えた棚なんかもありますよ。ただ、漫画だけしか読んでないと視野が狭くなると思うんですよ。映像作品なんかもちゃんと観ましょうということはお伝えしてます。

——入居している方の中には積極的なコミュニケーションを好まない人も一定数いらっしゃいますよね。共同生活で慣れて欲しいという意図はありますか?

良いコミュニティになって欲しいという気持ちはありますが、人間関係がストレスになる方を無理やり押し込むつもりはないですよ。ただ「本であれ映画であれ、他人の感想は自分に見えてないものが見えるから、視野が広がります」とは言っています。

——あくまで創作に集中することが本筋だということですね。

この前「孤独を愛して欲しい」という話をしたんですけど、やっぱり作品を描いたり、本を読んだりする時は一人なんですよ。だから例えば皆といる時に「もう私、描きに行くわ」って人を、「真面目だな」って茶化すんじゃなくて、「偉いね」って褒めるコミュニティであって欲しいです。

——入居者同士の競争を促す仕組みも導入しているとか。そうした仕掛けも面白い試みですね。

エンタメ業界は競争原理が強いところなので、プロになる前に知っておいて欲しいなという感覚ですね。例えば書店に自分の本が並んだ際、売れている本との宣伝の差を明確に感じるでしょうから。でもシビアになりすぎるのも望ましくないので、緩やかに設定しています。

——龍幸伸先生や千葉侑生先生など、一線で活躍されている作家さんもいらっしゃったことがあるそうですね。

僕が担当している作家さんにVUYのことを話すと、皆さん「とてもいい試みだと思う」と非常にポジティブな反応なんですよ。それで「ぜひ遊びに来て、住んでいる方たちとお話もしていってください」とお誘いしています。中にはしっかり講義をしてくれる方もいらっしゃいますよ。プロの作家も若い人と話すのは良い刺激になるんですよね。

二期生募集とコミティアへの想い

▲各居室にも制作環境は完備されていますが、フリーデスクのワークスペースもあり。「私語厳禁」というルールのもと、適度な緊張感の中制作を行いたい方に向けた作業場になっています。日々ネームを切ったり、作画を行っている作家さんが集っています。

——VUYをどうマネタイズしていくかは皆さん気になっていると思います。

そうですね。もともとVUYはその構想を色んな方に相談する中で、サイバーエージェントさんにご賛同、ご出資していただいて実現したものなんです。そうした経緯から、例えばVUY出身の方がプロとして面白いものを描いて、将来アニメ化やグッズ化などメディア展開できるレベルの作品になった場合に、一緒に何かできればと考えています。サイバーエージェントさんからは短期的な成果は求められていませんが、5年、10年と長い時間をかけてお返しできると良いなと思っています。

——二期生募集に対して、求めている作品の傾向はありますか?

全くないです。例えば、私が編集部員を務めている『少年ジャンプ+』は少女漫画的な作品も載っていれば、青年誌的な作品も載っていて、ジャンルが流動的で多様なんです。正しく面白ければ生き残れる。プロとして目の前の読者がピュアに楽しんで貰えるものを描いて欲しいと思っています。

——25年9月末〆切で二期生を募集中ですね。どんな方に来て欲しいですか?

一期生の時と変わらず、プロを真剣に目指している地力のある方、そして今の環境では原稿を描くことがなかなか難しく、困っている方に来ていただけると嬉しいです。

——一期生から卒業は出ていないですが、まだ空いている部屋があるんですよね?

はい。今の入居率はだいたい6割くらいで、今回の二期生で満室になる予定です。先輩後輩の関係ができますので、コミュニティにも良い影響があるといいなと個人的には思っています。

——コミティア153ではVUYの二期生募集告知も兼ねて出展されます。意気込みを教えてください。

コミティアに参加する方に知ってもらえるだけでもありがたいです。描き手の方との繋がりがある方も多いですから、口コミでの広がりも期待しています。「もっと描きたいけど、働きながらはしんどいな」という方に届いて、一人でも多くの方がプロになれるきっかけになりたいです。

——林さんはいつ頃からコミティアに参加されてるんでしょうか?

07年の『ジャンプSQ.』創刊時にコミティアに作家さんを探しに行ったのが初参加で、そこから毎年参加しています。出張マンガ編集部での参加もありますけど、ずっと通っているのはすごく好きだからです。創作を本当に心から楽しんでいる人たちが集まっていることが素晴らしいですよね。それを受け止めてくれる熱量の高い読み手もいて、幸せで楽しい場所だと思いますよ。僕もよく面白かった同人誌の感想を作家さんに送ったりしています。

VUYが描く漫画業界の新しい未来

▲施設をオープンするに当たって様々な作家さんにヒアリングを行ったところ「良いアイデアは入浴中にひらめくことが多い」という意見が多数寄せられたことから、居室にある浴室に加えて、趣向を凝らした2つの大浴場を設置。365日、自由に大きな湯船に浸かれます。

——VUYを通じて、漫画業界にどんな変化が起きることを期待していますか。

例えばサッカーやテニス、野球なんかのスポーツ業界って若い子たちのサポートが充実してるんですよね。そこに業界全体がコストを払っている印象があります。それに比べると漫画業界の新人へのサポートってあんまりない。VUYが目立っている理由も、育成に対してしっかりコストを払っているからだと思います。VUYがうまくいけば、漫画業界全体が「育成にもっとお金を払おう」という意識に変わっていくと良いですね。

——近年は商業出版社が「作家を育てる余裕がなくなってきている」とも言われています。そういう時代だからこそ「ちゃんと育成に投資するんだ」いうスタンスには痺れますね。

育成し続ければ絶対に業界は元気になっていくはずなんですよ。VUYから面白い作品が生まれることは、関係者全員だけでなく、社会にとってもハッピーなことですよね。それは絶対に正しいことだと確信しています。

——素晴らしいですね。業界全体を見通す視点の広さに頭が下がる気持ちです。

色々と言ってきましたが、初めての試みが多くて実は何も分かっていないんですよ(笑)。本当に手探りな中なのですが、良い未来を信じてできることを精一杯やっています。ぜひ応援していただけると嬉しいです!

(ティアズマガジン153に収録)

林士平(りん・しへい)プロフィール
82年生まれ、東京都出身。06年に集英社へ入社し、『月刊少年ジャンプ』編集部、『ジャンプSQ.』編集部を経て、18年に『少年ジャンプ+』編集部に異動。22年に集英社を退社し、株式会社ミックスグリーンを設立。現在はフリーの編集者として『少年ジャンプ+』の担当作により深く関わりながら、活躍の幅を大きく広げている。