編集王に訊く38 『ヒバナ』編集部 豊田夢太郎さん

ヒバナ
小学館
毎月7日発売/定価650円(税込)
http://hi-bana.com/
激変するマンガ業界のなかで、漫画編集者の在り方は今後どう変わっていくのだろうか? 今年5月に刊行されたインタビュー集「漫画編集者」(木村俊介/フィルムアート社)はこのテーマに現場から応えてくれた一冊だ。同書を企画・編集した豊田夢太郎氏は、フリーランスの編集者として『IKKI』(小学館)に参加し、後継誌として今年創刊された『ヒバナ』でも中心スタッフとして活躍している。『ヒバナ』を舞台に自身の存在意義を問う氏の声を訊いて欲しい。

(聞き手・吉田雄平/構成・会田洋、中村公彦)

漫画編集者は必要なのか?

——豊田さんが編集者を目指したきっかけを教えてください。

子供の頃はつげ義春さんとか弘兼憲史さんとか、手塚治虫さんの作品でも「火の鳥」とか、父親が持ってた大人のマンガをこっそり読んでました。いわゆる三大少年誌も普通に読んでましたけど、そういうちょっとマニアックなマンガが好きでしたね。
漫画編集者になろうと思ったのはたぶん大学生の頃です。音楽サークルに入ってたんですが、音楽をやらずに、みんなでマンガの回し読みばかりしてるようなサークルでした。なぜか出版業界に就職した先輩が結構いたので影響されましたね。同期にも出版業界の人間は多いです。僕自身も就活ではマンガの編集部がある出版社しか受けませんでした。
実業之日本社に入社したのは、単純にそれ以外は受からなかったからです。ただ、『漫画サンデー』は近藤ようこさん、杉浦日向子さん、内田春菊さん、谷岡ヤスジさんといった好きな作家さんが描いていらっしゃったので、内定がもらえて嬉しかったです。

——実業之日本社時代は週刊誌の『漫画サンデー』に加えて、沢山の増刊に関わられていたそうですが、かなりお忙しかったんじゃないでしょうか。

忙しいということはなかったですね。というのも、作家さんが全員ベテランで、ほとんど40〜50代の方だったんですけど、原稿が毎週同じ曜日の同じ時間に必ず上がるんです。 打ち合わせの機会も少ないし、決まった日に原稿を取りに行って翌日校了する感じです。残業もあまりないし、土日も出社した記憶がありません。出版不況も今ほど深刻じゃない時代でした。
稀に他社で活躍されている作家さんとお仕事すると、「普通はもっと打ち合わせしますよ?」みたいなことを言われるぐらいでした。その頃から「漫画編集者はそもそも必要なのか? いなくても問題ないのでは…?」と疑問に思うようになったんです。その後、転職した理由のひとつは、編集者としてもっとやれる仕事があるんじゃないかと思ったからでした。

『IKKI』から『ヒバナ』へ

——そこからどんな流れで小学館の『IKKI』に関わるようになったんでしょうか。

『IKKI』が創刊されてまだ増刊誌だった頃に、めちゃめちゃ好みの雑誌だと思ったので、編集長の江上英樹さんに会いに行ったことがあるんです。そこで「タダでもいいから一本だけ担当させてくれませんか?」ってお願いしたんですけど、当然そんなことは無理で(笑)。その場はそれで終わったんですけど、半年後ぐらいに『IKKI』が独立創刊する際に誘っていただいて、そこで会社を辞めてフリー編集者として『IKKI』で仕事するようになりました。

——前職とはだいぶ様変わりされたのではないでしょうか

若い作家さんや新人さんとお仕事をする機会が増えて、ずっと忙しくなりました。徹夜は絶対しないつもりだったのが、そうもいかなくなったり(笑)。
立場としては、一年更新の専属契約の編集者でしたが、編集部が基本フリー編集者たちで構成されていたので、かなり色々な仕事を任せてもらえていたように思います。最後の方は、他の編集部員が出す企画を編集長代理と一緒にチェックしてもいました。

——『IKKI』は昨年の9月で休刊になってしまいましたが、11年間在籍されていた豊田さんにとって、大きな出来事だったのではないでしょうか。

赤字が長く続いていたので、「ついに来たか…」と思いましたね。ただ、どうにか次の媒体は用意してもらえるという前提での休刊決定だったので、気持ちを切り換えないといけないと思いました。その「次の船」である『ヒバナ』に、『IKKI』のすべての作家さんに乗り移ってもらうことが出来なかったのが心苦しいのですが…。

——今年の3月に創刊された『ヒバナ』では、どのようなところを変えたのでしょうか。

ひとつは女性読者さんを強く意識すること、もうひとつはキャラマンガをちゃんとやろうということです。そこは最初からブレていません。

——「キャラマンガ」とは具体的にはどんな意味でしょうか?

僕自身は、「読者さんが読み進める駆動力を、キャラの一挙手一投足を追うことで得ているマンガ」という意味で使っています。「このキャラが次に何を言うんだろう、どこに行くんだろう、どうするんだろう」という魅力が物語を引っ張っていくような作品のことです。
僕も以前から作家さんには「キャラを立てよう」とか漠然と言ってましたけど、はっきり意識したのはスエカネクミコさんの「放課後のカリスマ」だった気がします。スエカネさんは当時、明確にライトノベルを意識されていて、そのときにキャラが売れるってこういうことなのかと実感しました。
「キャラマンガ」の定義はすごく広いので多くの作品がこの中に入るんですけど、『IKKI』はその外側にある作品も多く掲載されていました。でも『IKKI』の作品をあらためて分析してみると、「キャラマンガ」で女性人気も高い作品が少なくないことに気がつきました。「放課後のカリスマ」以外だと「さらい屋五葉」、「ドロヘドロ」もそうです。『ヒバナ』ではそこをより重視していくということですね。

——『ヒバナ』になって、BLを描かれている女性作家さんの連載が増えた印象がありましたが、女性人気を意識してのことでしょうか。

そういう部分もあります。僕自身はBLをBLとして楽しむ読者ではないと思うんですけど、たしかに担当している女性作家さんにはBL出身の方も何人かいらっしゃいます。ヒバナの新人賞では「男も女もホレる主人公!!」というテーマを掲げているんですけど、女性がかっこいいと思って描いた男性キャラこそ、男性も惚れるんじゃないかと思うこともあります。

——豊田さんが編集に参加したアンソロジー「刀剣乱舞ーONLINEーアンソロジー〜ヒバナ散らせ、刀剣男士〜」も女性読者を意識していたんでしょうか。

そうですね。女性読者さんが好きになりそうな、魅力的なキャラクターが満載でしたし。それに加えて、いろんな方に『ヒバナ』という雑誌があることを知ってもらいたい気持ちもありました。ゲームと直接関係のない編集部がアンソロを出すことに、ビックリした方もいると思います。幸いにも制作のニトロプラスさんと繋がりのある編集者が近くにいたので、「刀剣乱舞」のリリースから間もない時期にアンソロのオファーを出しました。小学館の他の媒体でもデータが少ない読者層なので、ちょっと手探りで大変なんですが、新たに執筆をお願いした作家さんたちは、いつか『ヒバナ』で描いて欲しい作家さんばかりですし、楽しい挑戦だと思っています。今後も『ヒバナ』の存在意義として、「変なことやってるな」感はアピールしていきたいです。

紙と電子の同時配信

—『ヒバナ』は雑誌・単行本ともに電子版が紙の発売日と同日配信で驚きました。小学館の中ではあまり無かったことじゃないですか?

同日配信は最初から「新雑誌だから新しいことをやりましょう」とお願いして、実現してもらいました。個人的には紙の部数の売上に、電子書籍はそこまで強く影響はないと思っていますし、売上的にも今のところはそんな感じです。「読みたい」と思ってくれてもアマゾンで欠品していただけで買うのを諦めてしまう読者がいるのは分かっていたので、そういう方へのフォローの意味はありますね。

——最近はWebコミック誌が増えてきています。豊田さんは『IKKI』で『WEBイキパラCOMIC』の企画立案・責任者をされていましたが、紙とWebのメリット・デメリットをどう分析されてますか。

Webは無料が前提ですが、まずは露出が増えるメリットがあります。ただ、単行本の売上に繋げる難しさも実感しました。ちょっと話題になって数万人に読んで貰えたぐらいの露出だと、単行本の売上にほとんど反映されないように思います。例えばアプリのダウンロード数が1000万を超えている『comico』の人気作の閲覧数くらいで初めて効果がある世界じゃないかと。紙のメリットとしては、書店さんへの認知というのもあります。紙で読まれることを前提に描いている作家さんがまだまだ多いということも大きいです。
読者さんのメリットという意味では…「電子か紙か」は、読者さんにとってはもうほとんど違いは無いのかもしれません。他誌の編集者さんにお聞きしたんですが、なぜ電子版を買ったかという質問に対して「捨てなくて済む」という理由が上位にあったそうです。そこを判断基準に考えてしまうと、紙にこだわるのであれば実物を残したいものを作らないといけないのでは、と。本を売ることがグッズを売ることにかなり近づいていて、限定版としてグッズをおまけにつけるマンガが増えてきている印象がありますが、そういったことも含めて今後の課題の一つかもしれません。

読者を想定して描こう

——豊田さんはいつ頃からコミティアに参加されていますか。

僕がコミティアに行くようになったのは、2003年に『IKKI』の出張編集部で参加してからです。実業之日本社時代は小田扉さんの担当だったので、小田さんが同人誌を描いていることは知ってましたけど、コミティアを意識するようになったのは『IKKI』に入ってからでした。たしかその頃に、今担当しているオノ・ナツメさんの同人誌を買った記憶があります。
振り返ってみると、『IKKI』で僕が担当して単行本を出した新人さんは、半分ぐらいコミティアのつながりなんですよ。ですから出張編集部にかける期待は今も大きいです。最近はもっとスペースを見て回りたいと思ってます。

——『ヒバナ』では持ち込みについてどんなアドバイスをされてますか。

良くも悪くも『IKKI』のイメージがまだ強くて、実験的で意欲的な作品を持ってきてくださる方が多いですね。個人的にはそうした作品が大好きなのでありがたいです。一方で『ヒバナ』の出張編集部への持ち込みでは、どんな読者さんを想定して描いているかは、必ず確かめるようにしています。「老若男女いろんな人に読まれたい」という方もいますけど、それは結果であって目標じゃないはずなので。
ヒバナ新人賞で「男も女もホレる主人公!!」というテーマを掲げたのも、新しく雑誌としての目標を明確にしたかったからです。むしろ今の『ヒバナ』にない才能をすごく求めています。毎回新人賞の受賞作は必ず掲載しますし、目標が明確なほど連載化は早いです。出張編集部から即連載化に向けて動いている作家さんもいます。その速さがアピールポイントですね。

「漫画編集者」の存在意義

——豊田さんは、今年5月に刊行された漫画編集者のインタビュー集「漫画編集者」(木村俊介/フィルムアート社)の企画・編集をされています。すごい読み応えの本でしたが、豊田さんはどんな経緯で参加されたのでしょうか。

僕は以前から「漫画編集者はそもそも必要なのか?」という素朴な疑問があったんです。木村さんと本を出すことを考え始めたのはちょうど『IKKI』が休刊した直後で、危機意識がすごくあって編集者の仕事について見つめ直したかったんです。
当初はもう少しいろんなジャンルの方に話を聞こうとしていたんですが、最初にインタビューした『コミックリュウ』の猪飼幹太さんの話がすごく面白くて、収録に3時間以上掛かったんです。それからお一人あたりの文章量を多めに確保して人数を5人に絞ることで、とても濃密で充実した内容になりました。そもそも人数とバリエーションでは、「編集王に訊く」に勝てないですから(笑)。

——みなさん雑誌の休刊を身近に経験されていて、同じ危機意識を共有されていたように思います。豊田さんにとっても収穫があったのではないでしょうか。

僕自身すごく参考になりました。みなさん試行錯誤されていて、漫画編集者としてできることってまだまだいっぱいあるなと思ったんです。
たとえば『Gファンタジー』の熊剛さんのようにアンソロジーやグッズから仕事を広げていくアプローチは、これまで僕は経験がなかったんですが、ニトロプラスさんにお声がけしたり、「妖怪ウォッチ」のレベルファイブさんにスピンオフの「コマさん」を作らせてもらえないかとお願いに行ったのは、熊さんにインタビューして色々お聞きした影響かもしれません。それ以外にもいろんな形で今の仕事に生かされてるので、僕は本当にラッキーでした(笑)。
漫画編集者にできることが増えたのは基本的にはいいことだと思うんです。『ビッグコミックスピリッツ』の山内菜緒子さんが、旧小学館ビルのラクガキ大会の際にtwitterを活用されたように、仕事が増えて大変でもそのほうが面白いし楽しいじゃないですか。今のところ、漫画家さんの周りに誰かがやる必要のある仕事がいろいろあって、便宜的にそれをまとめて扱うことで「漫画編集者は必要である」と言えるのかな…と考えています。

木村俊介「漫画編集者」
フィルムアート社
1800円(税込)
豊田さんが著者のインタビュアー・木村俊介さんと企画し、編集に携わった漫画編集者のインタビュー集。それぞれの編集者が出版業界の現状に向き合う試行錯誤から、マンガに注ぐ愛情の深さ、人間性の魅力にまで触れられる一冊だ。登場する編集者は、『コミックリュウ』編集部・猪飼幹太さん、『ヤングマガジン』編集部(インタビュー当時)・三浦敏宏さん、『ビッグコミックスピリッツ』編集部・山内菜緒子さん、『Gファンタジー』編集部・熊剛さん、元『IKKI』編集部・江上英樹さんの5名。

マンガの未来に不安はない

——今年から豊田さんは大学で非常勤講師をつとめているそうですが、その動機を教えてください。

僕が非常勤講師をやらせてもらっているのは京都精華大学のマンガ学科のなかのマンガプロデュースコースで、これも漫画編集者の仕事を見つめ直す一環と言えるかもしれません。そもそも僕は『漫画サンデー』では後輩がほとんどいなくて、『IKKI』は基本的に編集部員はフリーランスばかりでしたから、新人編集者を教える立場になったことがあまりなかったんですよね。なので、講義の準備をするなかで、勉強し直したことがたくさんありました。
今は毎週一回、講義のために京都へ足を運んでいます。前期のみの授業が1コマで、僕がやっている仕事の内容と今の出版業界の現状を僕自身の実体験ベースで伝える講義をやりました。もう1コマでは、一冊の雑誌を創刊する想定で、企画書を作って、他誌の分析をして、対象読者を考えて、連載作品の内容を決めて…みたいな、「漫画雑誌編集者の業務」を通年でやってもらう予定です。
今の大学生が考えていることを知りたい気持ちもあったんですけど、全然分からなくて(笑)。ただ、自分の好きなマンガ以外になかなか関心が向かない学生さんが多いなとは思いましたね。
編集者はマンガが好きなのは当然として、やっぱりどんな年齢になっても新しい何かをキャッチアップして面白がれる力を持っておかないといけないと思うんです。自分が常に動いている必要があります。

——マンガ業界、出版業界自体が縮小傾向にありますが、何か光明はあるのでしょうか。

既存の商業誌のマンガが食い合ってるから数字的に衰退して見えるだけで、マンガの表現だけでいったら超最高、むしろ今が頂点だと思いますよ。今後、新しい媒体から作家さん自身が収入を得ることも全然出来ると思います。若い作家さんがマンガを描いて、素晴らしい作品を生みだすシステム自体には何も心配していません。

——たしかにコミティアも参加者が増え続けていますし、毎回面白い作品が発表され続けています。

それが証明みたいなものですよね。コミティアに参加しているような方は、そのまま活動されていれば何の心配もないと思います。イベントを通じていろんな体験をしたい人が直接同人誌を売るんだと思いますし、そういうのは苦手な人がピクシブに出すのかもしれないし。ツールはいくらでも選べる時代で、今後もっと充実していくと思います。
大学でも話すことですけど、地方自治体の案内図の絵がマンガの絵だったり、マンガを使った企業広告だったり…いわゆるマンガじゃないマンガも山ほどありますよね。マンガは社会全体に浸透しているので、マンガを描く熱意があれば、叶える場所はいくらでもある。マンガは絶対ダメにはならないです。

(取材日:2015年9月24日)

豊田夢太郎プロフィール
平成8年、実業之日本社に入社、『漫画サンデー』編集部配属。平成14年、フリーの専属契約編集者として『IKKI』に参加、平成26年より後継誌となる『ヒバナ』創刊に参加。その他、平成17年よりトライデントデザイン専門学校で特別講師、平成27年より京都精華大学マンガ学科マンガプロデュースコースで非常勤講師を務める。同年、木村俊介によるインタビュー集「漫画編集者」の企画立案・編集に携わる。現在の担当作家は、浅野いにお、荒井ママレ、オノ・ナツメ、鎌谷悠希、柴本翔、スエカネクミコ、再田ニカ、野田彩子、横槍メンゴなど多数。
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