COMITIA79 ごあいさつ

「神が才能を授け給うにしろ、必ず鞭を伴う。いや、鞭こそ才能のうちなのだ。自らを鞭打つ。」
(トルーマン・カポーティ)


井上雄彦と言えば、いまの時代を代表するマンガ家の一人です。その氏の作画風景を撮影したドキュメンタリーDVD「DRAW」を見ました。
それは素っ気ないほど淡々と「バガボンド」(週刊モーニング連載中)のモノクロページを描く風景を追ったものですが、画面を凝視する内、約2時間の収録時間があっという間に過ぎてゆきました。
何が面白かったかと言うと、真っ白な紙の上に、鉛筆線(シャーペン)の下描きから始めて、ペン入れ…というか、氏は筆で絵を描きますが…まで、まるで一枚一枚の絵がそこに誕生(う)まれてくるように感じられて、たまらなく興奮したのです。
インタビューによると、氏は「バガボンド」の途中から筆を全面的に使うようになったとか。あの細かなタッチがすべて筆で描かれるのも驚きですが、だからこそ活き活きとした迫力があり、多少のはみ出しも「筆の画のうち」と納得できるのも魅力のようです。
同じく出た『WATER』『墨』の2冊の画集も、紙の上に描かれた人物がまるで「生きている」ように感じられ、あらためて絵の持つ力の凄さに圧倒されました。
一方、氏の言葉で気になったのが、出世作にして大ヒットした「スラムダンク」の呪縛がやはりあったということ。しばらく休筆した時期もあり、伝説の三崎の廃校でのイベントを経て、「バガボンド」の物語がある段階まで進んで、やっと呪縛は消えつつあるとのことでした。
井上雄彦という稀代の天才をしても、過去の成功の重荷からは逃れ難く。それが表現者の業というものなのでしょうか。
この話を聞いて思い出すのがT・カポーティの「神が才能を授け給うにしろ、必ず鞭を伴う。いや、鞭こそ才能のうちなのだ。自らを鞭打つ。」(『カメレオンのための音楽』序文より)という言葉です。
カポーティ自身が、アメリカ・カンサス州で起こった一家惨殺事件を題材にした代表作「冷血」を書き、ノンフィクション・ノベルという新たな表現スタイルを産み出したものの、やはりその名声に囚われたのか、次作は未完成のままこの世を去りました(「冷血」を書いた経緯については、映画『カポーティ』に詳しい)。
表現者は、才能がなくて苦しむのか、才能があるからこそ苦しむのか。それは本人にも周囲にも分からないし、分かったところで何の救いにもなりません。
才能という目に見えないものを操り、未だ形を為さない作品を己の内なる混沌から産み出そうとする苦しみは、やはり自分を信じることでしか乗り越えられないのです。
そして、もう一つ大切なのは待っている読者(オーディエンス)がいるということ。それを信じられずにまたこの苦しみを乗り越えるのも難しいでしょう。だからせめてコミティアはいつもここにいようと思うのです。

さて、今年はコミティアにとってチャレンジの年になりそうです。次回ゴールデンウイーク開催のCOMITIA80はついにビッグサイト2ホール開催。この広い会場面積のさらに2倍です! 果たしてどのくらいの人に参加してもらえるでしょうか。3000サークル募集とはいえ、さらに会場に余裕がありそうなので、いろいろ企画満載でスタッフ一同頑張ります。景気の悪い時に必要なのは、癒しではなく活気。不況が囁かれるマンガ業界ですが、コミティアは元気を出してゆきたいと思います。
そしていつも言うことですが、こうした会場内企画を行なうのは参加サークルへの刺激である共に、そのイベントを目当てにやってきた新しいお客さんにコミティアに出ているサークルの本を読ませたいという目論みでもあります。彼らをリピーターにするのはそこにある作品に他なりません。描き手の皆さんの奮闘に大いに期待しています。

最後になりましたが、本日は直接1662/委託110のサークル・個人の描き手が参加しています。
そういえば2月の前半開催のコミティアはずいぶん久し振りですね。調べたらなんと5年振り、流通センター時代の最後でした。あの頃はよく会場でバレンタインチョコが飛び交ったものです。気分的にはちょっと早いですが、今日はどうでしょうか。よき出会いがあることを願っています。

2007年2月4日 コミティア実行委員会代表 中村公彦

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