COMITIA72 ごあいさつ

「生きてゆく漫画、語り継ぐ漫画」

西原理恵子の名作『ぼくんち』(小学館刊)に「生きてゆく中華料理店」というエピソードがあります。アル中の親父や、ヤク中の子供たちが家族で経営するとてつもなくまずい中華料理店で、中で一人だけまともなお母さんの口癖が、「人生とあきないは止まらん列車やから。」という台詞なのです。
唐突にこの台詞を思い出したのは、やはり吾妻ひでおの『失踪日記』(イーストプレス刊)を読んだからでしょう。
漫画に煮詰まった挙句、仕事も家庭も放り出して失踪。ホームレス生活を送ったり、誘われるままに水道工事の仕事についたり、何故かその社内報に漫画を投稿したり、アル中になったり…。失踪中でも漫画家の7つ道具を持っている辺り、笑える話なのか、泣ける話なのか、すでにもうよくわかりません。
それでもきちんと笑いを交えて、クールに自己観察しながら淡々と描かれるこの漫画はとてつもなく面白く、けれど漫画で狂ったその人生が、一度は放棄した筈の漫画でもう一度トレースされてゆく悲喜劇には、漫画家として「生きてゆく」ことのどうしようもない業を感じずにはいられません。
その吾妻氏の言葉で忘れられないのが、同じギャグ漫画家とり・みき氏との対談(「マンガ家のひみつ」徳間書店刊)での発言。
「俺は描く前にもうひとつ考えるよ。漫画という表現がこれでいいんだろうか、まだ何かやれることがあるんじゃないか、ということを。」
ギャグ漫画の極北を目指し、往時の漫画のフレームを壊すような作品を描いた吾妻ひでおならばこその言葉であり、それゆえ危うく彼岸の側に行きかけ、からくも戻ってこれた訳ですが、一方でその鋭利過ぎる才能はファンの記憶に深く刻み込まれました。その彼らがカリスマの復活に快哉を叫んだのが呼び水となって、現在のヒットに結びついたのは疑う余地がないでしょう。読み継がれ、語り継がれる漫画はここに確かにあるのです。

今回のCOMITIA72の会場で、原画展をさせてもらうこうの史代さんの「夕凪の街 桜の国」のテーマもまた「語り継ぐ」ことです。
広島に生まれ育った戦後世代のこうのさんが、はじめて「原爆」の問題に挑み、後世に語り継ぐために描いた(であろう)この物語は、あえて結末を私たち読者にゆだねることでそのリレーのバトンを渡されたのだと思います。
バトンを受け取った多くの読者(同じ描き手の人間が多かったのが象徴的です)が、「この宝石を埋もれさせまい」と語り継いだことが大きなうねりとなり、幸いにして広く世に知られるようになりました。
その出来事は、「夕凪の街」から「桜の国」への、主人公たちの魂の連鎖によって、あの時代と今とがつながったのに少しだけ近いような気がします。
今回の原画展はもちろん作品に込められたメッセージがより幅広い多くの人に伝わるようにと願って企画しましたが、同時にこうの史代という素晴らしい描き手の魅力を伝えることも大切な目的です。ぜひティアズマガジン掲載のインタビューもご覧ください。
なお、COMITIA72の後は、版元の双葉社さんとの協力で全国の書店でも巡回展があります。とくに戦後60年を迎える今年の8月には、こうのさんの故郷であり、作品の舞台である広島県で行います。それぞれのお店の近くにお住まいの方は、ぜひ足をお運びください。

漫画の原画を見るということは、作者が白い紙の上のキャラクターに生命を吹き込もうとした痕跡を感じることです。そこには願いとか、気持ちとか、問いとか、勢いとか、喜びとか、不安とか、そんな作者にも言語化できない、まるごとの思念のようなものが生のまま残っています。
原画を前にしたら、ぜひ作者が何を想いながら一本一本の線を引いたのか、想像しながら見てみてください。いままでの印刷されたページからとは違う何かがきっと伝わってくる筈です。
とくにスクリーントーンを使わず、手仕事の精緻なカケアミで画面を埋めた、アナログの極みのようなこうのさんの原稿は、描く人に限らず、みなその迫力に圧倒されることでしょう。生きている皆実や、成長する七波や、ひなたぼっこをする旭とどうぞここで出会ってください。

尾瀬あきらの名作『夏子の酒』(講談社刊)にこんな一節があります。
「どんな名酒でも飲んでしまえば終わりだ。絵画や音楽のように後世に残りはしない。だからこそ口にした人は誰もが語り継ぐだろう酒を作ろう」
いまの日本で大量消費文化の象徴とも言える漫画産業もやはりこの言葉が当てはまるでしょう。その中でこうした優れた作品と出会えるならば、きっとかならず誰かが語り継いでくれる。そのようにして文化とは深まってゆくのだと、あらためて信じられる気がします。

最後になりましたが、本日は直接1689/委託110のサークル・個人の描き手が参加しています。
あまり知る人は少ないかもしれませんが、「夕凪の街」は『漫画アクション』での掲載より先にCOMITIA65の見本誌としてどこよりも早く発表されました。今日ここに集まったたくさんの作品の中からも、同じように誰かがそれを発見し、語り継ぎ、多くの読者の支持を得る「宝石」が生まれるかもしれません。そうして漫画がさらに豊かになることを心から願っています。
どうぞ、ゆっくりとあなたの「宝石」を探して下さい。

2005年5月5日 コミティア実行委員会代表 中村公彦