COMITIA63 ごあいさつ

5年ほど前から、「新潟マンガ大賞」という新潟市主催の創作マンガのコンテストの審査員をさせていただくようになりました。新潟出身のマンガ家が多いことから生まれたこの賞は、同市在住に限らず全国から作品を募集しており、審査委員長の水島新司氏を始め、マンガ家や在京の出版社のマンガ編集者を審査員に迎えたり、入賞作の作品集を市中の書店で販売するなど、限られた市政の予算の中で市職員の方々が実に熱心に取り組まれています。
私の場合はコミティアin新潟を主催するガタケット事務局が実行委員として同賞の運営に参加している縁で審査員に誘っていただき、その末席に加えてもらいました。
さて、年に一度この審査に参加する楽しみの一つが、中・高生部門のいまの10代の人たちの描いたマンガを読めることです。
小学生部門のほとんどがショートギャグや4コマ物であるのに比べ、中・高生の彼らは急に何かに目覚めたようにストーリーマンガを描くようになります。
そこにはとても真摯なメッセージが込められていたり、日常に考えていることが素のままで作品から読み取れたりします。
彼らがもしプロマンガ家志望ならば、商業誌向けの投稿作を描いていたのかもしれません。けれどここには、賞を取っても雑誌に掲載される当てがある訳でもなく、ただ「いまの自分が考えていることを表現したい」「それを人に見て欲しい」という、ストレートな創作意欲によって描かれた作品が多く送られてきます。
振り返ると、彼らの年頃ほど「いま」という瞬間が大切だった時期はなかったかもしれません。
自覚していようといまいと、大概の人間は10代でほぼ自分の一生が決まります。
たとえば「将来はマンガ家になりたい」とか、それが野球選手とか、学校の先生とか、芸能人とか、ケーキ屋さんとかは人によってそれぞれですが、毎日考えていたら考えたなりに、考えていなければそれなりに、その後の人生が待っています。
もっとも多くのことを学び、身心が成長するその時期に、心の中に湧き起こる叫びや疑問や不安や願いや喜びなどの「もやもやした気持ち」は、その時に記録しておかなければ忘れてしまうかもしれません。それはとても悲しく、そして、勿体のないことです。
けれど彼らがマンガを描くならば、一本の作品を描き上げるのに、頭を捻り、腕を磨き、懸命にいまの自分のベストを目指そうとするでしょう。心の中の「もやもやした気持ち」は少しずつ整理され、白い紙の上に自分自身の形となって描き記されてゆくでしょう。
「マンガを描く」ということは、いまの自分を見つけることでもあるのです。
そうして、たくさんの普通の10代の若者たちの中で、「マンガ」という表現手段を持ち、自分の考えを人に伝えることの出来る彼らは、とても幸せだと思います。何より、人はけして孤独ではないことを知っているのですから。
「マンガを描く」ということは、そんなにも素敵なことです。

あなたが、初めてマンガを夢中で描いたのは、いつ、どんなマンガでしたか?
あなたが、初めてマンガを夢中で読んだのは、いつ、どんなマンガでしたか?
描くことも読むことも、本来とても個的な事柄で、だからこそ初めてそれに触れた時の喜びも発見も深く濃く心に刻まれます。
コミティアはそんなマンガの原点の感動をつねに忘れずにいられる場所でありたいと願っています。

最後になりましたが、本日は直接1399/委託115のサークル・個人の描き手が参加しています。
あなたがここで、その完成度云々ではなく、目の前の白い紙に向う決意と情熱だけで眩しくなるような作品と出会えることを心から願っています。

2003年2月23日 コミティア実行委員会代表 中村公彦

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