COMITIA119 ごあいさつ

奇跡のような出会いの物語

それは奇跡のような…と言っても良いかもしれません。昨年11月に公開された劇場アニメ「この世界の片隅に」がロングランヒットを続けています。すでに観客動員100万人を超え、原作コミックスも累計100万部突破と現在も伸び続けています。キネマ旬報ベスト・テンや日本アカデミー賞など昨年の映画賞を軒並み受賞し、その勢いは衰えを知りません。
原作はこうの史代さんが平成18年~21年に『漫画アクション』(双葉社)で連載した作品(特設サイト)。昭和18年~21年の戦時下の広島の呉を舞台に、戦争に翻弄される市井の人々のくらしを描いたものです。
原作に出会い惚れ込んだ片渕須直監督が6年の歳月をかけて完成したこのアニメは、その間の監督の徹底した資料調べや、現地に何度も足を運んだ取材によって圧倒的なリアリティを獲得します。多くの観客が「主人公のすずさんに会ってきました」と言うのは、映画の中に往時のその土地に生きる人たちの体温を感じるような、自然な時間が流れているからでしょう。監督の言う「すずさんを実在した人として描く」という狙いが的中したのだと思います。
けれど、物語が進むにつれ、否応なく戦争がその空間に侵入してきます。空襲警報、防空壕、焼け野原、原爆症、戦災孤児。身近な親しい人が次々と死んでゆく。そして我が身も…。どれほど理不尽で悲惨な出来事も、「大ごとじゃったねえ」の一言で済まされる。死が当たり前のように隣り合わせの、戦時下の日常がそこにあります。それは現在の私たちには信じられない感覚かもしれないけれど、ほんの70年前の日本に実際にあったことです。この映画のキーワードは「地続き」であること。ここに描かれたかつての人々の営みは、確かに今の私たちの毎日に脈々とつながっているのです。
昨年10月のコミティアでは、原作のこうのさんと片渕監督の二人をお招きしてトークショーを開催しました。始まる前の期待感に溢れた満員の客席を見ながら、こうのさんと少し思い出話をしました。「初めてコミティアに来た時、こんな光景は想像も出来ませんでしたね」と。
こうのさんがコミティアに初参加したのはもう20年も前のこと。すでに4コマ誌でデビューしており、あまり売れなかったという連載作を同人誌にしたのだそうです。一読してその職人的な上手さに舌を巻き、早速インタビューを申し込んで、次の号のティアズマガジンで紹介記事を載せました。初対面のこうのさんは小柄で柔らかな語り口ながら、マンガに対する姿勢をしっかりと語ってくれました。それからこうのさんはコミティアの常連となり、同人誌でも素敵な作品をたくさん発表します。その後の活躍は多くの方がご存知の通りでしょう。
20年前に出会った、まだ不安げだけれど強くしなやかな意思を持つ若い作家が、20年後の今日こんなに大きな存在になっていることに、しみじみと深い感慨を覚えます。勿論、現在のこうのさんの活躍も評価も、御本人の努力と研鑽の賜物ですが、その過程でコミティアの存在が少しでも役に立てたかもしれないことは何よりの喜びです。そしてあの時この稀有な才能に出会えたことに心より感謝します。
「この世界の片隅に」は出会いがテーマでもあります。主人公のすずと周作の若い夫婦は偶然に出会い、少しづつ深い絆を紡いでゆきます。「過ぎた事、選ばんかった道。みんな覚めた夢と変わりやせんな」と周作は言います。過ぎてゆく時間の中で様々な別れ道があり、選ばなかった道がどこにつながろうと、選んだ道の先にある今のくらしの大切さに二人は気づいています。ある人はそれを「運命よりも美しい偶然」と呼びました。
こうのさんと片渕監督の出会いもまた美しい偶然の一つです。片渕監督にしか作れない質と熱を持った映像がそこにあり、こうのさんの原作からしか生まれない物語の奥行きがそこに描かれる。6年という時間をかける必要があったことをスクリーンは雄弁に語ります。あらためてこの素晴らしい才能との出会いに感謝したいと思います。
そしてご存知のようにこの映画の完成を後押ししたのはクラウドファンデイング。それによって3300名を超えるサポーターから約4000万円の制作資金を集めました。「この映画が観たい」と待ち望んでいた支援者たちに直接関われるチャンスを与えたのも素晴らしいアイデアです。サポーター向けの披露試写会で監督は「この映画はみなさんの力で作った、みなさんの映画です」と語り、大きな拍手を受けました。この創り手と受け手の関係もまた、美しい出会いと言っても良いのかもしれません。
長々と書いてきましたが、言いたいことはまずこの映画を観て欲しいこと。そして原作を読んで欲しいこと。映画を観ると、そこに居るキャラクターを生身のように感じて、物語の流れに身を任せます。あらためて原作を読むと、そこに描かれた世界に入り込んで、いろいろなことに思いを巡らします。そんな風にこの奇跡のような出会いの物語をぜひ多くの人に体験して欲しいと思うのです。
※原作コミックスや関連ムックなどは2/12当日のジュンク堂書店の出張販売で取り扱っています。
最後になりましたが、本日は4122のサークル・個人の方が参加しています。いつもいつも言うことですがコミティアもまた「出会いの物語」です。描き手と読み手が、あるいは描き手同士が偶然の積み重ねのようにそこで出会う。それが一日限りのことか、ずっと続く奇跡のような出会いになるのか、その選択もまたあなた自身の手の中にあるのです。

2017年2月12日 コミティア実行委員会代表 中村公彦

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