編集王に訊く35 『コミックエッセイ編集グループ』編集長 松田紀子さん

ダーリンは外国人 ベルリンにお引越し トニー&さおり一家の海外生活ルポ
著:小栗左多里・トニー・ラズロ/
KADOKAWAメディアファクトリー/定価1080円(税込)
コミックエッセイ劇場
マンガ家が自分自身を描く、コミックエッセイというジャンルがある。結婚生活から子育て、意外な趣味や変わった職業の日常などなど、近年では話題作も多く、書店で見かける機会も確実に増えている。そのなかでもメディアファクトリーは、小栗左多里『ダーリンは外国人』、たかぎなおこ『150cmライフ。』、蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』など、数々のヒットシリーズを送り出している。長年にわたってジャンルをリードしてきた背景にはどんな取り組みがあったのか。同社のコミックエッセイ編集グループで編集長を務める松田紀子さんにその戦略を訊いた。

(聞き手・吉田雄平/構成・会田洋、中村公彦)

コミックエッセイのルーツ

——まずはじめに、松田さんが編集者を目指したきっかけを教えてください。

姉が漫画家の松田奈緒子(※)なんですけど、彼女が小さい頃から絵を描いていたのを見て、そういう仕事に興味を持ったのがきっかけです。姉のように絵の仕事を目指すのは才能的に難しそうなので、本を作る側を目指そうと、小学生ぐらいからぼんやり考えてました。
最初に就職したのは地元のリクルート九州じゃらんで、旅行情報誌『じゃらん九州』を編集していました。そこには3年ほど在籍していたんですが、もっと本格的な書籍編集に携わりたいという欲が急に湧いてしまったんです。
その頃にちょうど同じリクルートのグループ会社のメディアファクトリー(以下、MF)で募集があって、タイミングが合ったので応募しました。

——松田さんがMFに入社された2000年ごろは、まだコミックエッセイというジャンルは未分化だったように思います。

昔から少女マンガのコミックス巻末には、先生方が近況を描いたりしていて、「エッセイまんが」としての原型は多々ありましたよね。91年に出版されたけらえいこさんの『セキララ結婚生活』も弊社からになりますし、もともとMFにはコミックエッセイの下地や文化があったのだと思います。

※代表作に『レタスバーガープリーズ. OK,OK!』『重版出来!』など。

 

『ダーリンは外国人』の大ヒット

——松田さんが最初に担当されたコミックエッセイで、大ヒットになった小栗左多里さんの『ダーリンは外国人』は、どんなきっかけで生まれた作品だったんでしょうか。

小栗さんの作品は少女マンガ誌の『コーラス』で、よく拝読しておりました。細かい笑いが必ず私のツボにヒットするんですよね。その話を姉にしたら「お友達だから一緒にご飯でも食べようか」と言われて。ちょうどMFに入社が決まった頃だったんですけど、最初は一ファンのつもりでお会いました。
その時に小栗さんからトニーさんのお話を伺い、「ぜひご一緒にお仕事させてください」とお話して。それから小栗さんがその後送ってくださったネームがすごくおかしくて、これはイケると直感しました。

——たいへんなロングセラーになりましたが、大ヒットの手応えを感じたのはどのあたりでしょうか。

大ヒットになったのは2巻が出たときですね。1巻のスタートは8千部ぐらいだったんです。それがじわじわ重版を重ねて、1年後に5万部ぐらいまで伸びたときに2巻が出たんです。そこからパーンと弾けて、本当に世界が変わりましたね。1巻は90万部ぐらいまで伸びて。今となっては夢のような話です(笑)。
実は1巻の時点で、他社から小栗さんに連載のオファーがたくさんあったんです。それでもMFをメインに『ダーリンは外国人』の続きを描いてもらいたかったので、2巻収録分の本編については描き下ろしではなくて、リクルートの結婚情報誌の『ゼクシィ』にお願いして、結婚物語だからということで連載させてもらったんです。
そういうところで作品の認知度が上がっていたのも2巻でヒットした要因かもしれません。

——当時から既にコミックエッセイ独特の、A5サイズでゆったりしたシンプルなコマ割り(左図参照)をされていて、そこもヒットの理由だったのでしょうか。

私はマンガを担当したのが初めてで、コマ割りのことなどよく分かってなかったんですけど、小栗さんが読みやすいようシンプルなページ作りをしてくださいました。 編集部では基本的に1ページにつき最大6コマまで、断ち切り等の変則的なコマは使わないように心がけています。それが一番読みやすく、わかりやすいんですね。マンガを読み慣れてない方や小学生の読者も多いので、極力コマの順番を分かりやすくしてます。漫画家さんの中には、そうした描き方に慣れなくて苦労される方も多いです。

——松田さんが現在編集長になったのは、『ダーリンは外国人』の功績も大きかったのではと思います。MFが本格的にコミックエッセイに取り組み始めたのはいつ頃からなのでしょうか。

2002年の12月に『ダーリンは外国人』を出版し、たかぎなおこさんのデビュー作『150cmライフ。』を出版したのがその3ヵ月後だったんですが、どちらも好評で、新しい読者が開拓できる気配がしました。その頃から弊社の主力商品のひとつとして、コミックエッセイに本腰を入れるようになっていきました。
当初は書籍編集部の中で粛々と編集していましたが、後続の編集者を育てることも考えて、2年前から編集部として独立し、編集長を任されました。まだ歴史の浅い未成熟なジャンルだからこそ、チャンスがあると考えています。

 

単行本描き下ろしの難しさ

——MFのコミックエッセイは基本的に単行本描き下ろしですが、雑誌連載のマンガとはどんな違いがありますか。

連載と違って読者の反響を見ながら軌道修正はできませんから、基本、出たとこ勝負になります。ものすごい博打を会社のお金で打たせてもらってます(笑)。企画段階から深くテーマやタイトルを考えて、「絶対に売れる!」という見通しや実感がないと、出版は難しいです。
ただ企画が通ってからの刊行ペースは比較的早いほうだと思います。だいたい半年くらいで刊行されますね。編集者と作家さんのコンビが組んで長かったり、慣れている場合は3ヶ月くらいで出せることもあります。
編集者は、女性が私を含めて4人、男性は2人です。単行本は月4冊刊行、年間48冊はマスト、プラスαの刊行ペースを目標にしています。
連載媒体はウェブのみですが、7年前から『コミックエッセイ劇場』という公式サイトも立ち上げています。ただ採算面で難しいので、やっぱり基本は描き下ろしになります。

——公式サイトではコミックエッセイの主要ジャンルとして、仕事モノ、共感モノ、苦手克服モノといった企画の分類を挙げられていました。

コミックエッセイの読者は8割が女性なので、まず女性に共感してもらえるテーマであることを意識しています。中でも好評なのがお仕事モノで、松山ルミさんの「新卒で給食のおばさんになりました」や、POCHIさんと水谷緑さんの「あたふた研修医やってます。」のように、弊社の「コミックエッセイプチ大賞」という新人賞からも多数ヒットが出ています。
基本、明るいテーマや、読後感が明るいものが多いのは、単に私が明るいものが好きなんですね。うす暗い時代だからこそ、読者の方には読んで元気が出るものを提供したい。千円以上の商品ですから、値段以上の読後感をきちんと得られるものを出版したいと思っています。
ただ、20代の若い編集者ほど暗いものが好きなんですよね(笑)。そのへんは、若い感性のまま編集したほうが、今の時代の雰囲気が出るものなので、任せるようになりました。

——書店の売り場でもコミックスの棚とは少し離れていることが多いですし、それだけ印象に残りやすい作り方をされているんですね。

タイトルや単行本のカバーはとても重要なので、部をあげて厳しくチェックします。
たとえば伊藤素晴さんの『今日もかるく絶望しています。』というタイトルの場合。伊藤さんは「コミックエッセイプチ大賞」出身の23歳の女性で、担当も20代の男性編集者なんですが、それが同年代の若い層にすごく売れています。ネガティブな女子が主人公なんですけど、暗いタイトルにすると読者が半減してしまう。編集部でさんざん議論して出てきたのが「絶望」というキーワードで、それが今の子にはすごく刺さるんじゃないかなと考えたんです。ただ、それだけだと辛いので、「かるく」という言葉が入りました。「かるく絶望」って、絶望感が薄れるし、カジュアルさが出ていいなって(笑)。読者が「私も軽く絶望しちゃってるよ~」みたいにツイートしてくれているのを見て、このタイトルがジワジワ浸透していく手応えがありました。
カバーのデザインについても部をあげて検討してから決めています。最初の案はなぜか萌え要素が強かったので、より女子の共感を得られるような、作品のテーマがまっすぐ伝わるデザインに変更しました。

 

コミックエッセイプチ大賞

——先ほどから新人賞出身の方の名前が挙がっていますが、新人賞の「コミックエッセイプチ大賞」にはどのくらい応募があるのでしょうか。 

年間3回の募集ですが、おかげさまで毎回400本ぐらい応募があります。4ページから募集可能なので間口が広いのだと思います。編集部への直接持ち込みは受け付けていないため、持ち込み希望の方は、プチ大賞に送っていただくようご案内しています。直接編集者からのフィードバックを望まれる方は、コミティアさんの出張編集部にいらしていただくのが一番よいかと思います。

——新人賞から単行本描き下ろしとなると、新人はたいへんですね。

入賞者はおおまかにA賞からC賞までの3ランクで評価しています。A賞の方はスムーズに出版に至ることが多いですが、B賞やC賞の場合は出版まで大変に時間がかかることが多いですね。コミックエッセイは線や背景がシンプルな分、簡単に描けると思われがちですが、とんでもない誤解です。1冊描くのは気力も体力も伴う重労働で、さらに常に読者の心情に寄り添う心構えが大切です。編集者とのやり取りを通じてどんどんレベルを上げていく作家さんと、なかなか突破できない作家さんとどうしても二極化されますね。そんな中でも、100万部の大ヒットになった蛇蔵さんと海野凪子さんの『日本人の知らない日本語』のように、C賞から化ける作家さんも少なくありません。
プチ大賞に応募されたい方は、絵はお上手でなくても構いません。シンプルでも親しみやすい絵で、なおかつ表情や表現に、人柄がにじみ出るような可愛らしさがあるといいですね。

——イラストレーターだったたかぎなおこさんは、松田さんのメールをきっかけに『150cmライフ。』でデビューされたそうですね。コミックエッセイを描ける作家かどうか、どうやって判断していますか。

たかぎさんのときは本当に偶然だったんです。たまたま身長が低い女の子のための絵を描ける人を探していて……。そのくだりは『150㎝ライフ』あとがきでどうぞ(笑)。
コミックエッセイを描いたことのない作家さんに依頼する時は、些細なことを見落とさずに描ける方か、小さな違和感を大事にされている方かどうかを大切にしています。マンガ家さんの場合、物語を力技で展開させるような迫力あるタイプの方より、細部にこだわったりとか、脇キャラがいいとか、そういう細かい観察力があるタイプの方が、コミックエッセイには向いてるのではないかと思います。
今の編集部では、20代チームと30~40代チームで、区切って探している感じはありますね。20代チームはpixivやWEBサイトをチェックしてますし、BLやティーンズラブ等の若手の作家さんにも声をかけているようです。逆に30~40代チームはベテランのマンガ家さんにお声がけしていて、ちょっと違った視点で大人のコミックエッセイができないかなと考えています。

——コミックエッセイで人気のある作家さんは、複数のエッセイを並行して描いていることも多いですよね。

コミックエッセイで実績のある作家さんは貴重なので、引く手数多な状況だとは思います。「プチ大賞」でデビューされた方にも必ず他社から依頼が入りますし……。ただ編集者が違えば、作家さんの可能性が広がるのも確かです。
私自身は、一から作家さんを育てるのが編集者の醍醐味だと思ってます。ただ、20代チームにはあまりそういうこだわりを持たずに、新しい可能性を感じた作家さんにどんどん依頼にあがるように言ってます。

 

腹を割って描こう

——作家さんもコミックエッセイを描き続けると新しいネタがなくなってくるところがないでしょうか。

描き続けると、ネタには困ってきますよね。マンガなら物語を展開させることで描き続けられるかもしれませんが、コミックエッセイは作者の人生がシンクロしているから、その時代を作者が抜けた時点で終わり、みたいなことが結構あります。たとえば「あたふた研修医やってます。」は研修医のお話ですけど、お医者さんになったら、研修医としてのエッセイは難しいですよね。
エッセイは主人公が作者そのものだったりしますから、編集者は作者の人生に寄り添う必要があります。長く描き続けていただくために、編集者から新しいテーマを提案することもありますし、取材や体験から刺激を受けて描いていただくこともあります。作品と作家さんが近いだけに、作品と接する編集者と作家さんも濃い付き合いになっていく傾向はあります。
新人さんとお話をすると、「別に自分はいたって普通の人だからネタがないです」とよくおっしゃるんです。でも、そういう人にこそネタがあるんですよ。
たとえば30歳独身というだけでも、すごいネタなんですね。要するに、その思いをどれだけ腹を割って描けるかっていうだけですから。実はどんな人でも生きてること自体がネタになるという感覚はすごくあります。描くことは日常に転がっているから、それに気づいてさえいただければ、読み応えのある作品がもっと増えていくと思うんです。

——「腹を割らせる」というのが編集者の役割なんですね。作家さんから本音を引き出して、「それでいいんだよ」と言ってあげるような。

打ち合わせをしていると、人生相談みたいになるんですよ。さあネタはないかなと聞いていくと、「実は両親が不仲で…」みたいな重たい話が出てくることもあります。それでも「それは大変ですよね~」と、話を深めていくと「じゃあ両親の離婚の話で考えてみます」みたいな感じでまとまっていくところはあります。本人はすっきりされていらっしゃるようですし、まるでカウンセリングのようですね(笑)。

 

コミックエッセイとWEB

——出版業界全体が縮小傾向にあるなかで、コミックエッセイはとても活況で、将来の見通しは明るいのではないでしょうか。

だといいのですけれど。刊行点数が増えた結果、書店での平積み期間が短くなったような気がします。昔は5刷まで伸びていた手応えの作品でも、今では3刷ぐらいで終わることも多いです。

——コミックエッセイはWEBで話題になることが多いジャンルですし、今後は電子媒体での可能性も大きいように思います。

若い世代ほどWEBがあって当然の世界になっていますよね。WEBのおかげで、表現する描き手と読者の境目がなくなって、みんながエッセイとして自分のことを語り出しています。だからこそプチ大賞の投稿者が増えているんだと思います。編集部としても若い作家と若い読者の獲得は重要なテーマですから、そこは多いに期待しています。
電子書籍のガジェットも書店の状況もどんどん変わり続けています。これからはA5サイズにこだわらなくてもいいし、そもそも本という形態にこだわらなくてもいいかもしれません。最近は公式サイトの『コミックエッセイ劇場』をリニューアルしましたし、KADOKAWAの『Comic Walk
er』でも作品を読めるようにしています。今後は若手の編集者たちが中心になって、新しい可能性を開拓してほしいですね。
もちろん、小栗さんやたかぎさんを初期の頃から応援してくださっている40代・50代の読者の方々のためにも、「この本と出会えてよかった」という1冊を編集し続けていきたいと思います。人生の節目節目に寄り添えるようなコミックエッセイを出版していければ、世代を超えて読み続けていただけるジャンルになると思っています。

(取材日:2014年6月20日)

松田紀子プロフィール
1973年生まれ。1997年、リクルート九州じゃらん入社、『じゃらん九州』編集部所属。2000年、メディアファクトリー入社。2011年より『コミックエッセイ編集グループ』編集長。主な担当作家は、池田暁子、小栗左多里、たかぎなおこ など。