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第3集

2015年9月27日(日)
愛知・名古屋コミティア47会場内

30周年となる2014年も過ぎ、無事刊行を終えた『コミティア30thクロニクル』ですが、もっと多くの人に、まだ見ぬ未来の読者へ届くように、新たな企画を進めています。その一環として、各地方コミティアや都内書店にて、責任編集の代表・中村公彦が掲載作家をゲストにお迎えして、お話を聞く連続トークショーを開催しました。本ページではそのWEB再録をお楽しみください。第5弾は名古屋コミティアで開催、名古屋出身のおざわゆきさんをお招きしました。
おざわさんとコミティア

中村今回のゲストは名古屋コミティアにたいへん縁の深い漫画家のおざわゆきさんです。おざわさんの商業誌デビューはすごく早かったんですね。

おざわ高校1年の時に『ぶ〜け』(集英社)でデビューしました。

中村同人活動もその頃からですか?

おざわ中学生の時に同級生と漫研を作って、活動していました。約40年前の話ですね(笑)。初めて即売会に出たのは高校2年の頃です。いまは小説家としてご活躍の森博嗣さんらが主催していた地元・名古屋の「コミックカーニバル」に参加していました。

中村1989年に東京のコミティアに初めて参加されましたが、そのきっかけは何だったんでしょうか?

おざわ当時の友達から「東京のイベントに申し込んだんだけど、用事で参加できなくなったから代わりに行かない?」って誘われたんです。だから代理で行ってスペースに座っていました。

中村その時の印象はいかがでしたか?

おざわみんな、しっかりした目的意識を持って来ているな、と思いました。システムもきちっとしていて、主催の方からも「同人誌のレベルを上げたい」という意欲を強く感じました。

中村ここに居る人はほとんど知らないと思いますが、実は20数年前、最初に「名古屋コミティアを始めたい」と言い出したのは、おざわさんだったんですね。その時の思い出を聞かせてもらえますか。

おざわ当時、新潟や大阪で地方版のコミティアが出来ると聞いて、「私の地元の名古屋にもコミティアが欲しいな」って思ったので、手を挙げたような気がします。実際には、作品を描くこととイベント開催を両立するのは難しい、とやってみて判ったので、途中で別の人に主催は譲りましたけれど。

中村だから、名古屋のティアズマガジンの第1号の表紙はおざわさんでしたね。改めて、最初に声をあげてくれたことに感謝します。

「COPYMAN」

中村クロニクルの第3集にも収録させていただいた「COPYMAN」は、おざわさんが初めて参加したコミティアで出した作品ですね。色々なエンターテイナーの芸を完璧に真似できてしまう才能を持った主人公・マッピーが、一時は人気者になりながらも、やがて転落していく物語です。この作品のアイデアの元は、どこにあったのでしょうか?

おざわ手塚治虫さんの「人間昆虫記」が、やはり色々な人の芸を盗んでいって、その人に成り代わってどんどん立身出世していくお話で、それが発想の根底にありました。もう一つは「ショービジネスの世界を描きたい」と思っていたんです。

中村「COPYMAN」は、商業誌の方で描いていた少女漫画とは全然違う作風ですね。これはどのような経緯で生まれたんでしょうか?

おざわたがみよしひささんの「軽井沢シンドローム」を読んで、頭身が低いキャラクターでもシリアスな人間ドラマができると分かったので、自分も同人でやってみたら面白いかな、と。

中村25年前の作品ですが、いま読み返すと、どんな印象を持っていますか?

おざわ絵やコマ割りははっきり言って拙いですが、商業誌でなかなか上手くいかなかった時期だったので、「別のものを描きたい」って思う気持ちが出ていたんでしょうね。下手ながらも、転落していく人の心理を描けて良かったです。

中村マッピーをショービジネスの世界に引き込む、プロモーターのハービーというキャラクターがいますが、彼が余計なことをしなければ、マッピーは不幸にならなかったかも知れませんね。これって、コミティアがやっていることと同じかも。普通に幸せな同人漫画描きだったのに、「もっと頑張れよ」みたいに焚き付けて……。

おざわ「東京に来ないか?」みたいな(笑)。

中村他人の人生を翻弄していることもあるかも知れませんね(笑)。

おすすめクロニクル作品

ココノツ「ストーリーテラーとうさぎの家」
漫画をやめてしまった青年が、子供の頃に描いた作品世界の中に迷い込んでしまうお話です。世界観に意表を突かれたり、キャラクターに脱力させられるんですが、描き手の苦悩が的確に描かれていて、心に響くお話でした。クライマックスで主人公が「君が物語の続きを描くのをずっと待っていたよ」って声をかけられるシーンは号泣ものでした。

水木由真「閉じる。」
ある夫婦の関係破綻を描いた作品です。奥さんが買った新しい冷凍庫の中に、夫が悪戯心で入ってみるものの、自力では出られなくなるんです。それは短い間の出来事なのに、他の女と不倫している後ろめたさや、「閉じ込められるのでは?」という恐怖心が上手く描写されていて、綺麗にまとまったハイレベルなお話だと思いました。

太田モアレ「魔女が飛んだり飛ばなかったり」
特殊な能力を持った魔女たちが地球を救う現代ファンタジーです。常識や価値観が人間とは全く異なる魔女の描写が秀逸で、「こういう描き方があるんだ」っていう発見がありました。無表情でコミュニケーションが取れない相手のように見えて、人間の少年と温かみのある気持ちの交流があったり、自己犠牲を厭わない心を持っている所に引き込まれました。

塩野干支郎次「ネコサスシックス 第1話」
未来からやって来たネコ耳付きアンドロイドと、少年の出会いの物語で、ギャグなんですけど、「こうなるよね」って予想する方向には全然行かないんです(笑)。でも、えげつない方に行くことはなくて、思わずフニャって笑ってしまうやり取りがただただ面白い作品です。ネームも本当に上手ですね。

「凍りの掌」と「あとかたの街」

中村代表作「凍りの掌」は、おざわさんのお父さんが戦後、実際に体験されたシベリア抑留を元に描いた作品で、約3年をかけて同人誌で発表されました。読むと、シベリアで起こった本当に過酷な現実がリアルに伝わって来ますが、描き切るのはさぞ大変だったのでは?

おざわ「いつか描きたい」と何十年も考えていて、「ラストワークとしてこれを描かなきゃ終われない」気持ちがありました。ただ、資料集めはとても大変でした。

中村シベリア抑留者の記録は、日本に帰国する時に全て没収、処分されてしまっていて、当時の資料はほとんど残っていないんですね。でも、それを想像で描くのは、自分の中では納得いかなかった感じですか?

おざわそうですね、資料を調べて知っていると自信を持って描けるんです。事実を知ることは、漫画を描く上で説得力として必要なものです。

中村結果的に「凍りの掌」は商業単行本化され、第16回文化庁メディア芸術祭の新人賞を受賞、更に講談社の『BE・LOVE』での「あとかたの街」連載へと繋がっていきました。

おざわテーマの珍しさはもちろん、無欲で自分の力を振り絞った作品だったのと、それを正しく見てくださる方がいらしたから認められたのかなって思います。

中村おざわさんの作品をリアルタイムで読んでいて、「作家って、何かを描き切ることによって、また新しいステージに行けるんだな」と実感しました。一方、「あとかたの街」では、お母さんの名古屋空襲の体験を描かれていますね。

おざわ名古屋で空襲があったことを知らない人も沢山いますし、それを更に詳しく描いてみたいという気持ちでした。連載でストーリー漫画を描くのは初めてで大変なこともありましたが、「最後までキチッと描くことが大事なんだ」と思って完結まで描き切ることが出来ました。

中村そこで、「凍りの掌」と合わせて今年、第44回日本漫画家協会賞コミック部門大賞という大変名誉ある賞を取られました。ご感想はいかがですか?

おざわもうビックリしました。こんな名誉ある賞をもらえるとは思っていなかったので、光栄なことでした。この賞は会員の漫画家の皆さんが自ら受賞者を選び、授賞式もみんなで準備して祝ってくれるんです。ちばてつや先生にも自筆の表彰状をいただいて感激しました。

中村おざわさんは10代の頃から漫画を描き始めて、紆余曲折あって今ここに至ったと思いますが、約40年の漫画家人生を振り返ってどんなお気持ちですか?

おざわずいぶん遠回りしたな、と思います。こういう風に一度挫折して、40代になってから漫画家になる人ってあまりいないんじゃないでしょうか。漫画家って年齢制限がある職業のような気持ちでしたので、ここへ来て、プロで仕事ができるとは全くの予想外でした。

中村でも、遠回りしたからこそ、豊かで深い作品が描けたのではないでしょうか。

おざわもしかして20代で上手く行っていたら、見えてないものが一杯あって続かなかったんじゃないかなって思いますね。今は人生経験だけはありますので、いろいろな物が俯瞰して見えるようになって、そういう意味では良かったのかもしれません。

中村ずっと描き続けているからこそ描けるものがきっとあるのだと思います。おざわさんの漫画家人生はまだまだ続いてゆくと思いますが、これからの作品にも大いに期待しております!

おざわゆきプロフィール
漫画家。コミティアではサークル「おざわ渡辺」で参加。1981年『ぶ〜け』(集英社)でデビュー。実父のシベリア抑留体験を漫画化した代表作「凍りの掌 シベリア抑留記」で第16回文化庁メディア芸術祭新人賞、また『BE・LOVE』(講談社)にて連載された「あとかたの街」と合わせて、第44回日本漫画家協会賞コミック部門大賞を受賞。